「醜さを愛せ」どんな自分も受け入れてあげよう。自分を許した分だけ相手を許せる。

醜さを愛せ

愛未(あいみ)です。

 

あいみ

醜さを愛せ

 

私は、リーガルハイという、ちょっと昔のドラマが大好きなんですけれども!これ!コメディですごい面白い!

 

 

 

最近、また見直していたのです。

 

その中で、堺雅人さん演じる古美門(こみかど)弁護士が言うんですよ!「醜さを愛せ」(2ndシーズンの方ですね)

 

あ〜言葉は少し過激なところもあるけれども、そうだよなぁ〜って思ったんです。

 

今日のお話は、心理学とか自己啓発とか内観とか大好きな、真面目な良い人に読んでもらいたいなって思います。(みんな読むでしょー?あなたも読みますよね?)

 

あいみ

私は昔「こうあるべき」という考えが、とっても強い人でした。「普通は」とか「こっちの方が正しい!それは間違っている!」とか・・・人のこと裁いてばっかりだったんです。

それは、自分の醜さを許せなかったからだと今になって思います。自分に接しているように、他人にも接してしまうんですよね。

「べき」「普通は」「間違っている」と人から言われるのは、今はぶっちゃけ嫌いです。

私は、コミュニケーション時、使わないように心がけてるし、使わなくなったなぁと思ってます。

 

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人間とは醜い生き物である。そうであって良いのだ。

 

  • 私は、ずるい時があります。
  • 私は、自分の思い通りに人を動かしたくなる時があります。
  • 私は、人に意地悪をしたくなる時があります。
  • 私は、人を無視したくなる時があります。
  • 私は、人に間違ってる!と言いたくなる時があります。
  • 私は、人に八つ当たりしたい時があります。
  • 私は、人をめちゃくちゃに傷つけたくなる時があります。
  • 私は、人に「死ね」って思う時があります。

 

ほんの一部ですけれども、包み隠さずにお話しすると、私の中にはこんな自分がいます。

 

古美門先生の言葉だと・・・

「ワガママで勝手でずるくて汚くて醜い、底辺のゴミクズ共。それこそが我々人間だ。」

 

今まで生きてきて、家族の中で、学校で、いろんなところで「正しさ」や「倫理」を私たちは学んできました。

 

そうするとドロドロした汚い自分の気持ちが湧いてきた時に「こんなことを思っちゃいけない」「こんなことを考える私は酷いやつだ」って思いませんか?

 

もっと言うと、私は「ワガママで勝手でずるくて汚くて醜い私はいない」という設定で生きていました。いないことにするために、いつも頑張ってきたし、全ての人に優しくあろうとしてきたし、正しくあろうとしてきました。

 

これ、めっちゃくちゃ疲れて大爆発するか、ある時「無」になります。(どちらも経験あり)

 

ホント、昔の私に会えるものならば言ってあげたいですわ。「気づきなはれ。認めなはれ。あなたは人間なんやで」と・・・

 

私は、自分のこと「ダメなやつ」だと思う分だけ、人のこともジャッジして裁いていました。神様もどきのようなヤツだったなぁ〜と思います。(神様はジャッジしないんですよ)

 

この話、ちょっとドキッとする方いるんじゃないかなぁ?(私、今ニヤニヤしていますよ。いやらしいヤツですね、ホント 笑)

 

自分を変えたい。人生を変えたい。まずは認めて受け入れること。

 

「変わりたい!変えたい!」と思う時、私たちはテクニック・方法を知りたくなります。

 

焦ってはるなぁ〜(焦っていらっしゃるなぁ〜)と感じることがあります。焦る気持ちは分かります。もれなく私も焦ってきたし、以前に比べたら少なくなったけど今でも焦りますし。

 

焦っても、しょうがないんですよ〜無理やり頑張っても、途中で疲れてしまうか、嫌になって続きません。

 

変わりたいと思う時は「今までの私じゃダメだから、変わりたい」と感じていることが多いと思います。もちろん、それもそうなんだけれども自分を否定しながら、進むのは、これまた嫌になって長続きしません。

 

自分との付き合いは死ぬまで、ずーっと続くのですから。

 

自分のワガママで勝手でずるくて汚くて醜いところも、否定せずに、それも私の一面だと認めてあげましょう。

 

「そんなこと許しても良いんですか?自分に甘くないですか?」と思う方もいるかもしれませんが、良いんです。人間みんな程度の差や、ポイントが違うだけでワガママで勝手でずるくて汚くて醜い部分を持っているんですから。

 

あなただけが、特別にワガママで勝手でずるくて汚くて醜いわけではなく、人間デフォルトでそうなわけです。古美門先生も言ってますしね!

 

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自分に厳しい人は相手にも厳しい。自分を許せないと相手も許せない。

 

先ほどもチラッと書きましたが、私は自分に甘くしてしまったらドンドン悪いダメなヤツになってしまうような気がしていました。

 

だから、自分をガッチガチに縛って、鞭打ってきました。(1人SM)

 

私たちは、自分を扱うように人のことを扱います。

 

自分を許せない人は、他人のこともジャッジして裁いています。許せないことが多くなります。

 

それって、自分のことも縛らなあかんし、相手のことも縛らなあかんし、しんどいし辛いし、忙しくて発狂してしまいます。そんな状態が人間関係の不和を生むのでしょう。ルールが多いと窮屈なのです。

 

まずは思い込みを手放して、自分を楽にすることから

 

人間関係(親子・友人・職場・恋人・夫婦)が上手く言っていない時は、まずは自分を受け入れ、許し、楽になるところから始めて欲しいです。

 

まず、鞭を捨て、自分の縄を解く。それから、相手の縄を解く。順番的には、これが1番効率が良いです。自分が縛られながら、相手の縄を解くとか難しいでしょう?

 

頑張り屋さんって、自分を楽にすることをすっ飛ばして、努力!忍耐!根性!と突っ走りたがるんですよ、本当ね〜そんなに苦行をしなくても良いんですよ?(自分も耳が痛い)

 

努力!忍耐!根性!こそが、幸せの道。幸せになるには、これらが必須!と思っているのは、完全なる思い込み(観念)です。

 

自分を縛る思い込み(観念)があることに気づくと楽になれます。手放すことが出来るからです。「この思い込みって持っておかなければいけない?」「これも思い込みだなぁ!」と気づける感度は、ドンドン上がっていきます。

 

思い込みというのは、何度も出てくるし、手放したと思っても、また違うものが出てきます。そんなものなのですが、何度でも手放していけば良いんじゃーんと思っておいてください。

 

変化というのは、今までの思い込みを手放していくことです。

 

思い込みを手放すということは、人生を通じてやっていくことなので、「そんなもんなんだ〜」と思って置けば良いと私は考えています。

 

特に向上心や最上思考のある方は、思い込みを手放すことは必須になってきますね〜!

 

人間(自分・他人)の多面的なところを受け入れると広がる

 

「ワガママで、勝手で、ずるくて、汚くて、醜い」と感じる面もある。でも・・・

 

「思いやりがあり、人を助けたいと思い、優しくて、愛が溢れて、美しい」それも人間。

 

どっちもあって、どっちも本質で・・・結局、良い意味で「人間そんなもんよー!」って思えると、なんだか、かわいいくて愛すべき存在だなぁって私は思うんです。

 

頑張り屋さんな皆様、自分に厳しい皆様、ぜひぜひ今日から呟いてください。

 

「自分の醜さを愛せ」

 

 

 

 

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醜さを愛せ

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