セクシャリティと聞いて「何?なんかエッチなこと?」と思われる方もいるかもしれませんね。笑

 

悩みの中から魅力を一緒に発見するカウンセラー、山岡愛未(@aimiyamaoka)です。

 

心理学におけるセクシャリティの概念

 

早速ですが、セクシャリティという言葉の意味について、まず説明します。

 

セクシャリティの広義な意味は・・・

性行動の対象の選択や、性に関連する行動・傾向の総称。

性的嗜好など性的な全てのを事象、現象を指すが、最近は狭義に「性的指向」を指すことが多い。

 

とありますが、心理学では少し意味合いが違ってきます。

自身の性と魅力。本来の自分らしさ。

また、それを受け入れて生きている様。

なので、セクシャリティとは、ざっくり言うと生命エネルギーのことを指します。

 

男性も女性も、自分の性を受け入れ、本来の自分らしさ発揮することが出来れば、とても豊かな生命エネルギーを発揮します。仕事や恋愛、人間関係も自分らしく幸せを感じながら生きることが出来ます。

また、実は怒りっぽい人はセクシャリティに溢れているんです。怒りって、すんごいエネルギーじゃないですか。エネルギー=生命力。変換の仕方が怒りの方へ向いているだけなんです。(あっ、私怒りっぽいわ!笑)

 

長々とした説明はこのくらいにして・・・

 

自分の女性を見つめようと決意。幼い頃の出来事について

 

今回、私がセクシャリティについて触れようと思ったのには、理由があります。

私が、向き合うことが必要になってきたなと感じているからです。向き合いたいなと思ったからです。

 

私は長く、女性としての自分を否定して生きてきました。多分、心の底から認めたことは1度もないと思います。

見た目も女性だし、オシャレもしますし、恋愛対象も男性ですけれど。私は女を生きることはしたくないと思って生きてきました。

 

それは、なぜなのか。

自分がダメだなって思ってしまっていたからです。

 

私は、性的ないたずらにあったことがあります。小学校1年生か2年生くらいのことだったでしょうか。

 

それは、もうすごく昔のことなのです。だから、もう私自身平気で、思い出しても大丈夫なんじゃないかなって思っていたことです。

そして、ふと頭の端の方に浮かんでも、それは確かに私の体験ではあるけれど、人ごとのような感覚で、つい最近まで生きていました。

また、私は男の人の全てが、そんな存在ではないことも優しいことも知っているから大丈夫だと思っていたんです。

 

でも、大丈夫だと思って、安易に蓋を開けてしまったとき

「平気なはずなかったよね。」って頭の中の私が言いました。ちっちゃい時の私に向けて・・・あ〜私見てこなかっただけで平気じゃなかったんだなぁって分かりました。

 

いたずらをされた私は、ずっと1人で耐えていて、見つけてくれた見ず知らずのおばあさんが、ものすごく怖い顔で「こっちに来なさい!」と言ってくれたけど、その瞬間に

「こんな怖い顔をさせるほどのことを、私は、されてしまったんだな」って思ったんです。

そのおばあさんは、私に対して怒っているわけでは、もちろんありませんでした。そうなんですが、私はまだ子どもで、よく分からなくて「あ・・・自分が悪いんだな」って無意識に思ってしまったんですね。

その後も、何年かに1度、いろいろあったんですよね。自分にとっては不本意な出来事です。

 

だから、今まで私は男の人を受け入れることは、とても怖くて出来ませんでした。絶対に距離を詰めることは出来なかったのです。

だって、私って悪いし、汚くなってしまったから。

そんなことはないって、大人になった私も、自分が意識できる私も、ちゃんと頭では分かっています。

でも、どうしても無意識が、そこに追いついてくれません。

 

私、野良猫と形容されることがありました。警戒心がものすごくあるので、いつも距離を測っているんですね。近づいて欲しいけれど、近づいてくると、やっぱり怖くて逃げ出してしまうのです。

まぁ、本当にびっくりするぐらい怖がりなんです。パッと見分からないようにしているんですけれども、多分近しくなった人には分かると思います。そして、違和感を感じたかもしれません。

だから、テストもいっぱいしてしまうのです。「これでも大丈夫だろうか?」と相手を試してしまうんです。

 

そんな自分に気づき始めても、どうしたらそれを止められるのか分からなかった。苦しいんです。

 

多分、同じような経験をされた方の中には、大人になる段階や他の要因によって、私のようにはならない人もいるかとは思います。そして、それぞれのタイミングで乗り越えて来てらっしゃると思います。

 

だんだんとプロセスを経て、今、私は今まで絶対に触れたくないと思って来た自分の女性の部分を見つめてみようと思っています。

私がどれだけ、自分の女性を見ようとしなくても、周りの人は見てくれていますし、その価値を教えてくれます。だったら、怖いけどやってみても大丈夫じゃないかなと思うのです。

 

だいぶ自分の女性としての価値を受け取れるようになりました。周りの方々、本当にありがとうございます。

 

だんだんと勇気を持てるようになった私にも、ありがとう。

バラ

 

セクシャリティの専門家にお会いして来ます!

 

ということで!そうと決まれば、私は行動にうつすのは猛烈に早いのです。

というか、もう悲しむことも嘆くことも散々やってきたし(22・23年は無意識の中でもがいていたわけです。)観念して「もうええやろ。やろか。」というのが正直なところです。笑

 

セクシャリティ溢れる女性に!専門家にお会いして来ます!

今まで、その方々の存在を知っても「まぁ、私には関係ないよ。」と思ったり、怖くて怖くて見ないようにしてきたんです。

なんですが!この2ヶ月の間に2人もお会いします!

私、めっちゃ頑固なのですが、変わろうとするまで時間がかかることもあるのですが、やるとなったら、やる人!決めたら大丈夫!と思っているんです。

 

乗り越えられない問題はやってこない。プロセスは完璧。

とても嫌なその幼い頃の出来事は、「プロセスは完璧だった」なんてことは一生言える時は来ないと思ってきました。

これだけは絶対に無理だと思ってきました。絶対に許さないと思ってきました。それは、自分を許さないということでもありました。

でも、それももう、いいような気がしています。「プロセスは完璧だった」と言えるようになる予感がしています。

また、問題や悩みの中には魅力や才能が隠れています。私の信念です。

恋愛がなかなか上手くいかず悩む人は、愛の才能があるんですね。愛する才能もあるし、愛される才能もあります。

私の場合は何かなぁと楽しみにしています。

 

最後に・・・

 

まずは、現時点での自分をアウトプットし、その余白に新しいものをインプットさせていただきたいと考え、この文章を書くことになりました。

もし、この話を読んで辛くなってしまう方がいたら申し訳ありません。

 

いつか同じような悩みを持つ女性に「絶対、大丈夫や!」と言えるような存在になれたら良いなぁと思っています。

海と女性

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