大好きなウサギのレオが虹の橋に行ってしまいました。

愛未(あいみ)です。

 

今しか書けない気持ちを書きます。書くことで気持ちを吐き出したいのです。

 

会社でも、家族にも、妹にも、ずっと吐き出させてもらって聞いてもらっていますが、まだまだ足りないようです。

 

なので、まとまりはないのですが、ご了承ください。

 

昨日、7年弱を一緒に過ごしたペットのウサギが亡くなりました。

 

名前は、レオ

 

ウサギで、女の子なのにレオ。

 

家族からは「もっと、可愛い名前にしたらいいのに〜」って言われたけれど、私には「レオ」がしっくりきたのでした。

 

おてんばで、怖がりで・・・でも、天真爛漫で無邪気で気分屋で、とってもとっても明るい子でした。

 

ウサギって、無表情と思う方もいるかもしれませんが、すんごく表情豊かで、愛情深い子でした。

 

寄り添って寝てくれたり、私の上に乗ってきたり、ピカチュウの電光石火みたいに「遊ぼー!」とはしゃいだり、かまわなかったら軽く噛んできたり・・・

 

私が、1人暮らしを始めて、少し経ってからお迎えしました。私は子どもの頃から、いつもそばには動物がいたので、動物と暮らしたかった。

 

飼育本を読んで、近所に見てもらえる動物病院があるか調べて、ウサギに愛があるショップを探して、見にいきました。

 

めっちゃくちゃ、可愛い茶色い女の子。グレーの男の子もいたけれど・・・

 

物怖じせずに、こちらを見る、その子がとても好きになり、お迎えしました。

 

毎日毎日、ただそこにいてくれるだけで、嬉しくて。

 

レオの行動1つ1つが面白くて。

 

仕草の1つ1つが可愛くて。

 

私が、とても苦しかったり悲しかった時期に、ずっと一緒にいてくれました。

 

私の人生が今までで1番揺れた時、とても落ち込み、どん底になりながらも、心理学に出会って、もがきながら進んでいた時に、一緒にいてくれました。

 

大好きで、大好きで、大好きで、大好きで・・・

 

とにかく、もう1度だけでもいいから、もう1回会いたい。

 

余裕がなく、レオに接する時間が少なかったこともありました。亡くなる時も、最善を尽くせたのか。もっと言えば、私のせいで死んでしまったのではないか。

 

後悔と、懺悔と、寂しいと、もう1回会いたい。レオちゃんに会いたい。

 

会いたい。会いたい。会いたい。レオちゃんに会いたいよ。会いたいよ〜と泣くことしか出来ません。

 

今は、それしか出てきません。感謝も愛も、1番上には、まだ登ってきてくれません。

 

置いていかないで〜いかないで〜もっと一緒にいて〜と、思ってしまいます。寂しい寂しい寂しい寂しいよ〜会いたい会いたい会いたい。

 

大人になって自立してからの、最初の家族でした。

 

娘であり、友達であり、姉であり、妹であり、理解者で、そして何より、この7年弱私のパートナーでした。

 

レオは私の涙も、悲しみも、苦しみも、ずっと見てきてくれました。

 

そして、レオと一緒に過ごして私は、優しい気持ちになり、楽しくなり、心が和みました。

 

怒ることもあったし、お世話が面倒だと思うこともあった。「エサくれー!」とケージをガジガジされて、苛立ったこともあったし、カーペットやカーテンは、すぐにボロボロにする。DVDデッキの線をかじられてダメになったこともありました。

 

でも「レオちゃん大好きー!」って、いつも思ってました。

 

家に帰ったら、毎日欠かさず「レオちゃん、ただいま〜」とケージを覗き込んでいました。

 

実家に帰っても「早く帰ってレオのお世話しなきゃ!」とオートマチックに思っていました。

 

だって、レオは家族だから。

 

生活にレオが自然に組み込まれているので、実家で亡くなったレオがそばにいるのに「早く自分の家に帰らなきゃ!」と、なぜか焦っていました・・・

 

1日経った今日も、レオが亡くなって初めて自分の家に帰ってきた今日も、もうレオはいないのに、なぜか待っているような気がして、帰るのが怖いのに、早く帰りたくて・・・

 

レオちゃんに会いたい。悲しい会いたい寂しい。

 

とてもとても、辛いです。泣くことしか出来ない。

 

レオが亡くなるかもしれないと感じた時「私は丈夫だし、これからエネルギーもっともっと溜めるから、私の生命エネルギーを、ちょっとでもレオにあげてください。お願いします。」願いました。

 

レオは幸せだったんだろうか。家族や、周りの人は「レオは幸せやった。どれだけ、愛ちゃんがレオのためにやってきたかを知ってる」と言ってくれます。自分では分からないだけなのでしょうか。

 

もっともっと、できることがあったのではないか。大切に出来たのではないか。

 

私は、とても幸せでした。レオは私の愛です。レオに幸せにしてもらいました。こんなに幸せな飼い主はいないのではないでしょうか。

 

それは、本当に心から思います。幸せすぎたから、今の悲しみも大きいのだと思います。

 

しばらく、とにかくレオへの気持ちを抑えることなく、泣くことばかりになりそうですが、過ごしていきたいと思います。

 

虹の橋のお話のように、もうしんどくなくて、元気に走り回って、ホリホリガジガジを怒られないで思いっきりやって、香りの良いチモシーと大好きなペレットを思いっきり食べて、たまに乾燥パパイヤとかエン麦も食べて良いから、私が行くまで待ってて欲しいです。

 

ただただ、もうしんどくなくて、天真爛漫で無邪気なレオ全開でいて欲しい。

 

そうであったなら、私は自分の悲しさも寂しさも後悔も懺悔も越えていけます。

 

レオは、めっちゃくちゃ良い子なので、神様どうかお願いします。

 

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心理学大好きな自分の心を見つめることが趣味の変態です。

『ありのままの自分を愛してあげる』をテーマに、人生なんだか幸せ〜人生楽しい〜自分大好き〜と思えるようになる方法を書いています。

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